劇場の設計やコンサルの仕事をやっていると、様々な意見の違いに直面する。
例えば、座席の必要寸法というのは観覧施設の種類に応じて大きく異なる。
アリーナはともかく、最近の公共ホールでは横52センチ、前後が95センチが標準になっており窮屈な感じはしないが、映画館では横55センチ、前後110センチとゆったりしているので、これに比べると劇場はどこも狭く感じる。
最近私が係わったいくつかの都内の民間劇場での要求は横50センチ、前後90センチだった。これは今では劇場としても少し狭い。施主はお客様にできるだけ多く見てほしいからという。採算性もあるとは思うし、その気持ちは理解できる。
先の寸法での座席の占有面積は、映画館は1人当たり6050平方センチ、公共ホールは4940平方センチ、民間劇場は4500平方センチとなる。比率にして134:110:100になる。通路等を別にすれば、同じ客席面積で、収容人数の差は1000:1100:1340席 または750:825:938席になる。この差はとても大きいのだ。大雑把にプロダクションにかかる費用と劇場の賃料と見込収益の合計を客席数で割った額がチケット代とすれば、9400円:8250円:7500円 になる。このように座席の狭さはチケット代に還元される。
映画は一方向の媒体で、スクリーンはサイズアップできるし何度も同じ内容を再生できる。しかし演劇(生音楽もスポーツも同じく)は共時空的で双方向であり、演者と観客が作り上げる、一回だけの貴重な体験なのである。だから舞台から一定の距離の中に、一時にできるだけ多くの観客が収容できることが劇場には大切であると考えられてきた。
シアターコクーンの一体感の高い750席の客席は今も素晴らしい。見切れのリスクはあるが舞台を一望できるサイドバルコニー席を好むファンもいる。囲まれた席は劇場らしい。歌舞伎町のミラノザはそんなコクーンの発展形であり、さらに世田谷パブリックシアターの要素である多層化、急傾斜化、近接化も取り入れている。ホスピタリティは敢えて一部犠牲にして見やすいことや演出の自由度を優先している。
座席ピッチは施主の要求とおり横50センチ、前後90センチとなっているので少々狭いが、舞台と客席については、好き嫌いは分かれたもののファンの共感は得られたような気がする。多くのファンは、多層窮屈でも、急勾配でも、舞台が近く、一体感があり、頭越しでも見やすいことを歓迎した。
こぼれんばかりに桟敷席から観客の熱気を舞台に返せるような客席のつくりは、かつての芝居小屋も同じであったろう。
コンパクトな空間に詰め込まれた客席は決して貧乏臭くない。もしそうならばタキシードを着て鑑賞するような欧米のオペラハウスが一番貧乏な小屋になってしまう。ただできれば、客席内に荷物を持ち込まずに済むように、傘立てと、クロークまたはコインロッカーは用意してほしいところだ。
映画館や、音楽を鑑賞するコンサートホールや、余裕のある演劇ファンがあつまる有楽町や銀座の劇場は、座席が大きめでよかろう。舞台も広げてしまえばよいのだから。渋谷の某劇場のように座席の良質の部分だけでゆったり座席を作った、チケット高めの高級志向の劇場があっても構わないとも思うが、一般向けには、多少窮屈な座席でも、よく見えて、舞台が近く、一体感の高い、それでいてチケットがリーゾナブルな劇場のほうがよいのだろう。 代表取締役
写真 上:Theater Milano-Za 下:Theatre Cocoon