世の中には観客席に座った状態の視点から舞台を見た時に、舞台の中心部分が前方の椅子や手摺に隠れ見えない劇場や、観客とほぼ同じ身体寸法を持つ前方の観客の体の一部に隠れて、舞台の手前が見えない劇場が数多く存在します。

今日でも多くの建築設計者は、観客の前方に背のより高い人が、立ったり座ったりしている状態で、舞台の全部が見えることをめざしていません。しかも全ての観客が同じ身体寸法であると仮定して設計を続けています。実際の観客はクローン人間ではないので、身長などの個体差は大きいのです。しかし従来の設計方法では前の人が高いと目標は見えません。

確率的には平均的な身長の人にあっては、立っても座っても、自分より前の人が高い確率は50パーセントです。平均的な女性の場合は平均的な男性より身長が12cm以上低く、男女が半々に組み合わさった場合は、男性から見て前の人のほうが高い確率は約25%だが、女性から見て前の人のほうが高い確率は約75%になるのです。

【当劇場は前の席に座った人が自分より背が高い場合、舞台の一部または全部が見えません】

劇場の入口にこんな貼り紙がしてあったとしたら。あなたは高いチケットを買いますか?

現実的にはこの貼り紙をしなければならない劇場・ホールは多いのです。

劇場に通う女性ファンの多くが、折角楽しみにしていた公演なのに前の人が高くて舞台が見えなかったという経験をしています。女性だけではなく、男性観客ばかりのイベントであっても、平均的な身長(例えば171cm)の男性は半分の確率で舞台の一部が見えないことがあるのです。

多様性(DIVERSITY)を謳う社会にあっても、劇場の設計者や劇場コンサルの多くはこのことを問題視していませんし、見づらい席を作り続けています。このような思想は明らかに時代遅れであり、20世紀初頭の不平等な男性優位社会の名残でしょう。多様性を考慮しない設計を惰性で続けています。

このような見づらい劇場を未だに作り続けているのは、設計コンサルや建築設計者の思い込みや無知、無理解、無作為、技量不足に追うところが大きいと私は見ています。分かったつもりで従来の設計方法を続けて問題ないと考えている人もいますし、身体寸法差を考慮すると、断面設計が成立しないから今のままでよいと開き直っているコンサルや設計者もいます。多くの設計者はどうしたらよいのか分からず途方に暮れているようにも見えます。弊社はそのような設計者が謙虚な姿勢であれば手助けできます。また不安を抱える事業主の方にはあるべき方向を助言できます。

不適切な視点の取り方のコンピュータ・グラフィックなどを作成するなどの検証方法により、実際に座った状態では見えないのに見えるように装い、事業者(施主)に見えますと説明して、設計を終わらせてしまう設計者もいます。これをやってしまったら設計偽装にほかならなりません。

私自身は今後このようなことは決してあってはならないと考えています。そのために30年以上にわたり、より正しい見え方を予測する検証方法を複数開発してきました。ヒトは個体差が大きく、身体寸法、姿勢、髪形など千差万別であるので、見え方を予測することは容易ではありませんが、統計的な確率論により、科学的な手法に基づき、どのように実際に見えるかということがほぼ正確に予測できるようになってきました。

【身体寸法の多様性に対応した設計は可能なのだろうか】という課題に対しては、答えはYESでもありNOでもあります。成人男性の場合、最も高い身長は230cmであり、最も低い人は70cmなのです。この幅の大きさは施設計画では決して100%カバーできず、運用により対応することは必須になると、常に顧客にも説明しています。

しかし 身体寸法の多様性に対応した設計は70%程度は可能 であると私は考えています。例えば、観客の男女比が半々くらいの場合、女性の2/3が満足できる見え方を確保した上で、従来の劇場等の観客数以上を確保する設計はすでに実現しています。

なぜそのようなことが可能なのでしょうか?

それは精度の高い見え方の検証法を用いることによって、従来できなかった段床などの精緻な断面設計を行うことが可能になるからです。無駄が多かった垂直方向の寸法配分を無駄なく行うことによって、どの客席も均等に見やすくすることができます。これにより、従来無駄に使われた部分が、見やすさを高めるために使えるようになります。結果として従来よりも見やすい観客席が可能になると考えてください。弊社では観客席の断面設計を音階のチューニングと同様に考えており、イメジ的には適切なチューニングを施すと、切れ味の悪かった折れ曲がった刀が名工が鍛えた日本刀のように滑らかな曲線となり、切れ味がよくなると考えてもらってかまいません。

弊社が開発した見え方の検証方法を用いると、たとえば既設の劇場であっても、初期の計画案であっても容易かつ短時間で、各列の見え方を明瞭に数値またはビジュアルに検証することが可能です。したがって初期のプロジェクトの成否を見極めることが容易であるとともに、既存の劇場の問題点や改修方法も容易にわかります。予測困難ということはないですし、失敗も未然に防ぐことができます。みえない劇場をつくってしまうことによる数億、数十億円という社会的な損失を回避し、有益に使うための有効な手法となります。

代表取締役 西 豐彦